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日本限定1個のFENDIのリュックサックをもつ小学生

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いつもブログをお読みいただき
心より感謝申し上げます。
ブログでここまで
具体的には・・・初めてだと思うのですが 
より人間っぽい(笑)
自己紹介をしてみようと思います。
     
変化球だらけの人生だと思いますので
面白いかと思います。   
    
 
 
     
私は幼稚園・小学校・中学校・高校と
カトリック系の私立の女子校にて過ごしてきました。
 
  
普段は、バレエやスポーツが大好きで
バレエの他にピアノや茶道を習い
日本人の一般的環境で生活をしてまいりました。 
 
 
 
すこし異なっていたかもしれないのは
6歳からフランス語を学校で学んできたことや
親の信念が「徹底した本物思考」だったということは
挙げられるかもしれません。 
   
  
 
カナダのケベックからきた3人の修道女が
設立した学校でしたので
ケベックはフランス語と英語の二カ国を話すため
フランス語と英語教育がなされるようになった学校に
幼稚園から高校までの17年間通いました。 
   
       
親の仕事は、高級ブティックを経営していたこともあり
「高くても本物は本物」という
両親の共通した揺るぎない思考から
幼いころからFENDIの日本に限定1つのリュックサックを
小学校3年生から背負っていたり
本物のダイヤモンドを中学生の私がつけていたりと・・・
何事も本物にこだわる生き方をしていました。 
     
   
そのため
真心で接し、誠実な生き方で偽物や嘘偽りがないので
30年以上、継続してお客様がついてくれていたのも真実です。
    
   
ですが娘(私)は
おかげさまで年頃になったときには
皆がブランドを持ちたがる時期には
過去の反動から「ブランド嫌い女子」に成長しあがりました(笑) 
  
   
今は年齢を重ねまして
かつての安かろう悪かろうも経験し、紆余曲折を経て
「本物はやはり本物である」
「高くても本物には価値がある」と落ち着きました(笑) 
  
   
  

   
12歳の頃
立て続けに重なる友人たちの「死」に向かいあいました。
  
 
12歳のとある日。
心をひらいていたおばさんとの突然の別れ。
ショックを隠しきれませんでした。 
 
そのとき初めて「がん」という病気を知り
健康であるために父がしている
「自然にこだわり添加物をできるだけとらない料理」を尊敬し
意識しはじめました。   
  
 
そしてバレエを一緒に踊っていたパートナーであり
同じ学校の友人の他界。医療ミスが原因でした。 
 
   
「いつもいる人が目の前にいる」ことが当たり前になっていた
私の世界はみごとに崩されました。   
 
心をうちあけていたり、心通わしていた友人ではなければ
なんとも思わなかったかもしれません。 
   
   
唯一といっていいほど
心をうちあけていた、心通わせていた友人が
他界していきました。 
   
   
 
「死ぬ」ってなんなんだろう。  
   
   
そこから「生きるとはなにか」と考えるようになりました。 
  
   
そこから導きだした答えは    
『明日大事なひとはいなくなるかもしれない。
だから今を後悔しないように生きよう』と。
  
  
その後の5年間で度重なる身近な3名の他界。
   
 
合計5名の他界をきっかけに
「どのように生きるべきなのか」について
真剣に真剣に考え自分の生き方と向き合いました。  
    
   
そのときに
今現在の人生の根本となる確たる理念が
築かれたのは間違いありません。  
 
 
   
「神様は乗り越えられない壁は与えない」
  
 
その言葉を信じました。 
  
 
6年間で身近な5名の他界を受け入れること、
その現実から目をそむけず、逃げないこと。
その現実をどのように自分の未来に役立てていくのか
揺るぎなく妥協しない自分なりの解決策をみつけること。
逃げませんでした。乗り越えました。 
 
 
人は、本当の意味を知ったとき、
本当の意味で一番「下」を体験したとき
もう上に上がるしかないと感じるんだと思います。 
それ以降、あの時ほど
精神的に落ち悩むことはなくなりました。 
 
それが示すことは、
今となっては、あのときが
本当の意味で精神的にどん底だったんだという証拠だと思っています。 
   
  
   
小さな子ども心には
精神的にショックだったんだと思います。   
 
でも今思えば、両親が生きていてくれているので 
それだけで今は幸せだと感じられるようになりました。 
人は、成長するものです(笑)       
   
 
また学生時代は人間関係で試練を経験しました。  
 
 
今の私を知る人は、おそらく想像し得ないほどの
人との関わりベタで寡黙な子供でした。
  
    
すべてを抱え込み、すべてを我慢し
「忍耐」という題目の人生の時期であったといっても
過言ではなかったと思います(笑)
  
 
部活の顧問の先生が何かのタイミングで
私の父に私のことを話したそうです。 
父から社会人になってから聞きました。 
  
   
「あの子は、なにがあっても全てを我慢して
それを誰かに見せようとも言おうともしない。
それがつらくても悲しくても、
誰にも何も言わない子です。本当に言わない」と。
  
     
顧問の先生にはいろいろ見えていたんだと思います。 
 
見ていてくださった先生がいたというのは
本当にありがたいことだって思います。 
今でも大好きな先生ですし、支えてくださったこと感謝しています。 
    
10代は、親の教育により
「やりたいことよりもやるべきことを優先する」
自分にストイックな時期を過ごしました。 
  
 
           
12歳の誕生日に偶然
経営者である親の取引先の友人から
『道は開ける』『人を動かす』をいただきました。
  
 
友人の他界と時期が重なったこともあり
それをきっかけに自己啓発に目覚め
学校の勉強よりも自己啓発書に興味をもちました。 
 
本屋さんの同じ自己啓発コーナーに置いてあった
『思考は現実化する』という本に自然とめぐりあいました。
  
 
中学で、5名の死を、
高校で、人間関係での試練を、
高校2年では足を怪我し、
趣味で気分転換であったジャズダンスもタップダンスも
ダンス部の活動もできなくなりました。
 
見事なまでに
「外を変えられない環境」という環境が整いました。 
     
環境を変えられないということは
自分の中身を変えていかないとならないという
自己啓発にはもってこいの環境が整いました(笑)。 
  
     
とにかく前進し、ポジティブに転換させないと
いてもたってもやっていられない環境となりました。 
 
それが「自分」を変える、
ポジティブに変化させていくきっかけでした。 
今思えば大したことないのですが
当時はすべてを真正面から受け止めて
息抜きすることもしない真面目ちゃんでしたので
難しく考えていた時期でした。 
その時期を経ているので
「難しく」考えるのではなく
人生「簡単に」考えるほうが断然よいということを
みなさんにお伝えできるんだと思います。   
        
          
 
厳格な経営者である父の教育により
『願望を叶える方法』を家庭内で訓練されつつ
母のお陰で《運》を味方につける方法を学び
惜しみない努力と実践しつづけました。 
  
 
 
中学1年フロリダに短期ホームステイ。
高校1年カナダ(ケベック)短期ホームステイ。  
  
高校の受験前に《運》を味方につける実践をし続けたことで
念願の東京6大学に入学できました。 
     
 
同じく《運》を身につけたことで、
大学生対象のフランス語弁論大会にて
高校生にて優勝。
学年で代表に選ばれ1000人の前でスピーチをしました。 
そのとき初めて
「1000人の呼吸に合わせたスピーチ」ということを感じ
発信者と受信者の時空間の一体感を感じました。  
  
    
   
大学2年フランス(リヨン)留学。
大学4年フランス(パリ)経営大学院短期留学。 
 
大学在学中、3つの仕事をして結婚するという未来を決断。 
1接客業2デスクワーク3個人事業主 とだけ決断。  
未来を決めました。   
  
 
大学3年イベント総括にて前年比10倍の集客に成功。
大学学部の代表として高校向け
法政大学のパンフレットに顔写真とコメント掲載。
大学卒業式の学部代表コメント掲載。   
    
   
大学卒業後
航空業界にて英語・フランス語・日本語・その他の言語を生かすため、
成田空港 某航空会社 国際線地上職に入社。
 
職場にて上下関係・人間関係の試練を経験。  
実践的コミュニケーション心理学を学び、実践。  
  
 
かつて決断したとおり
念願のデスクワーク業務の会社に転職。
 
TV業界の総務部に所属し、総務・営業事務・社長役員秘書を経験。 
「ロングバケーション」「ラブジェネレーション」
「SP」「海猿」「古畑任三郎」「踊る大捜査線」
をつくるカメラマンや編集マン、音声さんがいる会社でした。   
    
  
その会社の専務の偶然の紹介で    
《運》よく運命のビジネスパートナー
香港ポストに日本語連載をしている4ヶ国語話す
最高弁護士・Kelly Lamさんとの出会いにより、香港でビジネス展開。 
  
 
かつて決断していたとおりの個人事業主に。 
アジア向けのダイレクトセリング・マーケティング・セミナー講師をしました。 
 
  
  
広東語と中国語という言語の壁にぶちあたり
香港に住み、広東語を1ヶ月徹底的に勉強し
生活する分にある程度コミュニケーションがとれるようになりました。     
  
   
香港ポストのKelly Lamさんの記事はこちら。面白いです。 
 
http://www.hkpost.com.hk/index2.php?id=7496#.VXQnzM72Dow 
素直に面白いですし
日本人より日本人を知っていると評判です。笑
「香港人は、お金で物を売る。日本人は、心(魂)で物を売る。」というケリーさんの名言があります。笑
   
2度の上場を成し遂げた
株式会社パソナソフトバンクの元会長の南部恵治氏と
法律を変えてまで人材派遣業界を日本で作った
株式会社パソナの前社長の上田宗央氏、
米国弁護士協会の会長がご主人であり
ご自身も女性起業家として大成功されている常盤ゆかりさんと
家族ぐるみの友人・事業パートナーに。 
 
    
栃木県生まれの起業家、実業家、社会起業家。
国民栄誉賞の青年版である人間力大賞・
衆議院議長奨励賞・文部科学大臣奨励賞(2009年)を受章した 
JPSA認定シニアプロスピーカーの加藤秀視さんと友人・事業パートナーに。 
  
  
一方で、海外にて某業界にて、運気をお金に変える方法を取得。 
 
  
 
2009年結婚。   
2011年7月に長女を出産。  
2014年7月娘が3歳になったことを機に
インターネットでのビジネスに参入。 
  
  
主婦で育児をしながら自由を得て 
マレーシア貴族の友人や 
海外の事業経営者の友人との交流を深めながら 
国内外の運気がよいところをめぐりながら 
日々運気をあげつつ育児や家事をしながら 
精神的にも自由に生きています。   
   
  
最低2ヶ月に1回は
国内どこかの運気がよい神社や海外などに行っています。
  
 
今後も
・願いの叶えかた
・引き寄せ方
・運命の人との出会い方
・自由な生き方
・自由の手に入れ方
・お金が入ってくる在り方
・最上級のコミュニケーションのとり方
・手の上でコロコロする方法(笑)
など 
を筋金入りの成功哲学思考をベースに
FBやメルマガでお伝えしたり、書いたり、
個別で最短最速で継続的に
変革させるお手伝いをしていきたいと思っております。
 
  
  
【 大事にしているモットー】
 
人の足を止めるのは絶望ではなく諦め。   
人の足を進めるのは希望ではなくその人の意志。
 
 
明日という概念は 私たちの頭の中にあるにすぎないから  
愛している人に、大切な人に、素直に接したい
 
  
  
 
ここまで読んでくださったみなさま
本当にどうもありがとうございます。  
 
 
「運」「人」「引き寄せ」「お金」「タイミング」「スピード」
を大事にしながら日々みなさんに
ポジティブな影響を与えられるひとになれるよう
日々精進してまいります。
 
  
   
『真心・誠実・感謝・恩返し・貢献』で生きたいと思っております。
 
今後とも応援していただけましたら、光栄です。
あなたの未来が
よりワクワク、きらきら輝きますように。 
  
 
  
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プロフィール

シバタチエ

女運気UP術師・シバタチエ
自然界の原理原則を基に運気UPし続けているプロ
6歳から自然界の原理原則や自己啓発を学びながら、運気アップや引き寄せの方法を20年以上実践し実績を出す。
海外留学や19カ国29都市へ訪問、海外事業を経験。
3ヶ国語話せる国際派ミセス。
東京都出身 4月6日生まれ
Mrs Queeen 2016 優勝
Mrs Japan Asia International 2016 日本代表
Mrs Asia International Goodwill 2016 優勝
Mrs Japan Noble Queen International 2016 日本代表
Mrs Asia Noble Queen International 2016 準優勝
詳しいプロフィールはこちらから

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